政治性、ということについて

コンセプト

こんにちは、ダイチです。
今日は汗ばむくらいの陽気です。窓を開けておくと心地よい風が入ってきます。

昨日ある取材を受けて、久しぶりに開業当時のことを振り返ってインタビューに答えました。ライターの方が事前資料として3年くらい前のインタビュー記事を持っておられて、懐かしいというよりもその頃はまだ各方面にいろいろ気を遣って答えていたなーという記憶が蘇りました。
今はもう大半のしがらみから解放されて自由になったので、かなり本音で答えました。ま、そのへんはカットされると思いますけど、媒体が完成したらまたお知らせします。
広島市内の方なので向こうの状況も色々お聞きしましたが、やっぱり市内の飲食店は大きな打撃を受けて廃業が相次いでいるそうです。田舎はまだ恵まれています。だからと言って他人事でいいのかというと、僕はそうは思いません。

カメラマンの方から「ホームページの雰囲気はほんわかしてるのに、書いてる内容はけっこうきつい言葉で怒ってますねー」と言われました。素直で好感の持てる人でした。
そりゃね、僕だってできれば怒らずに生きたいです。でもね、いま怒らずに黙っているとどうなるか。
思い浮かぶのはマルティン・ニーメラーというドイツの牧師による有名な言葉です。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

日本社会には「批判はよくない」という不思議な圧力があります。批判しないということは、間違ったことに「それは間違っている」と声を上げられないということです。親、教師、上司、権力者、そういった自分より強い相手に間違ってると言えなくなったら、この社会はどうなるだろう。
僕自身、数年前に就職した職場で、当時のトップによるパワハラ・モラハラに逆らえず心身を壊して退職したという深い傷があります。その職場は、その後も退職者や逮捕者まで相次ぎ、当時の同僚の苦しむ声を何度も聞きました。あのときもっと声を上げるべきだったという後悔と反省の念が今もあります。

オトナイはウェブやSNSなどでは積極的に政治的発言をするカフェですが、店内や外観に露骨に政治色を匂わせるようなものはありません。そういうものは意図的に避けています。
一方で、特定の政党(多くは自民党や公明党)のポスターを貼っているお店はたくさんあるけど、そういうお店は「政治色がある」とは言われない。でももしそれが共産党やれいわ新選組のポスターならまた違った受け取り方をされるでしょう。そもそも「政治的な発言をしない」という態度もまた極めて政治的である、ということは忘れずにおきたいものです。
私たちの暮らしのすべてが政治と深い関わりがあるので、オトナイに限らず、どんなお店でもSNS発信から店内の隅々に至るまで逃れようもなく政治的です。 例えばどんな小麦粉を使うか、食器洗いは合成洗剤にするか液体せっけんにするか、本棚にどんな本を並べるか、そういうところから政治は始まっています。

 

オトナイ

北広島町にある大正建築のブックカフェです。
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